新着情報

2024年02月27日

俵山しゃくなげ園と八女市星野村ミヤシノシャクナゲ園

 先ごろ、ミヤシノシャクナゲ園を管理されている組合の方々がお見えになった。俵山のしゃくなげ園とミヤシノシャクナゲ園の誕生から現在に至るまでの軌跡が似ている。それぞれの園は、個人がしゃくなげを所有地に植えて育てることから始まる。俵山は金川鐵夫さん、星野は田辺道康さんである。
 生前、田辺さんはしゃくなげの咲く土地を当時の星野村に寄贈された。その後、自治体が管理組合を通じて支援している。一方、俵山は、管理というほどたいしたことはしていないが、地域の協力者で草刈りなどをしている。作業中の山の中で倒れ、園の未来図の志半ばに金川さんは息を引き取った。近隣の者を俵山公民館と当法人が集めて、花柄摘みや草刈りを行う。開花時期は仮設トイレを設置し、駐車場誘導のための警備員を雇うが、財源は長門市の観光政策補助金に頼る。

ミヤシノシャクナゲ園管理組合視察


 里山ステーションを訪れた13名をホールに迎え、俵山公民館館長の中原さんが俵山しゃくなげ園の概略と管理の状況を説明した。星野村の方々の話を聞いて思ったのは、しゃくなげという花に対する風土が違う事だった。「長門市は他にもしゃくなげ園はあるのですか」の質問。星野村はミヤシノのほかに存在する。個人でしゃくなげを植える方がいて、しゃくなげの苗木を育て販売する方もいる。俵山の金川さんは独学で育て、苗木もつくり規模を拡大してこられた。視察団体を迎えるにあたり中原館長が調べたところ、ふた昔以上前に金川さんと数名が星野村へ視察に向かっていたという。それほど星野村のしゃくなげは歴史があるのだ。
 
 八女市はミヤシノのほかにもしゃくなげ園を管理している。長門市が俵山のしゃくなげ園を管理下に置くことはない。そこに風土の違いが見える。星野村の方々はしゃくなげの知識が深く、昼から現地を見て回りたくさんのことを教わった。和と洋のしゃくなげの違い、それぞれの管理の特徴、害虫の有無、しゃくなげ栽培に向く地質、地形である。知らない事ばかりだったから無知の恥をなるほどの相槌が追い越してしまった。片道3時間の道程をお越し下さって、とても恐縮しながらお見送りをした。土産に頂いた八女茶の上品な香りを楽しむたびに、この日の出会いを振りかえっている。
 
posted by ゆうゆうグリーン俵山 at 18:59| 猿人ブログ

2024年02月13日

デマンドの使い方

デマンドの使い方.png


 2024年問題とは、旅客運送業に関わる運転手労働環境の改善に伴い、トラックやバスの運行計画に影響を及ぼすことの総称。ここにきて政府はライドシェアの緩和を検討対象に掲げている。お客様を乗せて有料で移動するサービスの選択肢が増える。自動車の2種免許の所持を義務とした旅客輸送の底辺は拡大する。国土交通省は10数年前からデマンド型交通の地方導入を進めてきた。これは運転手不足を補うものではなく、過疎地域を空車運行する赤字路線の補填に困窮した地方自治体の救済を目的とした。当法人は平成25年に俵山地域のデマンド運行を始めた。その時から10年以上たっても「デマンドって何?」は頻繁に問われる。タクシー(taxi)という英語は日本語になっている。どの世代でも使う単語として流用される。デマンド(demand)はカタカナ表記で使われることがあって、どういう意味なのか理解されないまま単語だけ彷徨っている。動詞のdemandは「要求する」。つまりデマンド交通を直訳すれば「要求交通」となる。日本語として馴染みのない四字熟語。

 「それはタクシーじゃないのか」

 これも毎回問われるフレーズのひとつ。タクシーと何が違うのだ。逆にタクシー業者を追い出しているのではないか。気の重い命題がいつもそこにある。デマンド型交通の導入は、旅客事業者を含めた協議体が設置されて、話し合いの末に決まった。だから、納得型の地方公共交通のくくりになるが、現実的な話をすれば「俵山から市街地病院までタクシーだと5000円かかる、デマンド交通は700円で行くのか」となる。価格差がありすぎて住民はタクシーを呼ばなくなる。無論、このような運行はルール上できないのだが、運賃だけを比較されるとタクシー業者は煮え湯を飲まされる。

 デマンド型交通を利用するには、いくつものルールがある。タクシーやバス事業者を保護するために当然のルールだが、これが一般には知られていない。それは複雑なルールではないが、タクシー事業者などを保護するためなのだという一面が利用者に理解されにくい。これまで、デマンド交通を案内するA4版のチラシは、テキストでルールを箇条書きしていた。それはチラシではなく、新聞のような体裁をしていた。チラッと見て理解されることがなかったと思う。そこで、今回のチラシは必要な情報だけ文字に起こした。ルールブックの無いチラシ。ルールはひとりひとりに伝えてゆこうと考えている。まず、興味を持って欲しい。利用せざるを得ない日が、いつか来るのだから。

俵山地区デマンド交通202402.png

posted by ゆうゆうグリーン俵山 at 15:11| ゆうゆうグリーン俵山の取組み

2024年02月05日

俵山第1トンネル現場見学会

 俵山・豊田道路は、令和元年に開通した俵山北ICから豊田町一の俣温泉近くまでを結ぶ14キロの自動車道路。山間部だからトンネルをいくつも造ることになる。

 最初のトンネル工事は昨年7月頃から始まった。付近の世帯は説明会などが何度も開かれている。俵山に暮らしていても、郷地区以外の住民は工事の内容をほとんど知らないのだ。2月1日、長門市の計らいにより現場見学会が行われた。25名限定のお達しだったが当日は30名いたから締切後にわれもわれもと申し込みがあり断り切れなかったのだろう。俵山公民館に集合した住民をマイクロバスが現地まで運ぶ。県道から工事用道路に入ると勾配が急になった。現場の近くに墓地がある。その角度を人が登ってお参りしていたのだ。車窓の眺めに妙に感心しながらバスはゆっくりトンネル坑口へ向かう。

 視界が開けた場所が広がった。どれだけ削ればこの山に平らな場所が作れるのだろう。そこにはコンクリートを作る建屋、変電設備、湧水浄化槽などいろいろな設備がある。この現場は全長278メートルのトンネルを掘っている。安全祈願祭が終わった昨年9月から、本格的な掘削に着手し、この5カ月間で約200メートルの穴をあけた。全工程の3/4だ。作業は昼夜を問わず行っている。里山勤務が終わる20時過ぎに現場近くを車で走ると、ナイター照明の白銀色が背後の真っ暗な山を照らす。その時間は霧が昇り始めるから幻想的な冬の夜景が現れる。

 トンネルは1日、24時間の作業で数メートルの前進。1メートル掘っては半円状の壁をコンクリートで固めて枠をはめる。来る日も来る日のこの繰り返しなのだ。作業は複雑だが同じことを繰り返す。これまで労働災害事故は無いと聞いた。貫通まで気を抜かずに正確に、安全に行うという。大きな穴を開けるのだから建設機械は見たことのないスケールだった。大型ダンプのタイヤは直径が女性の身長より高い。タイヤの前で記念撮影をする地区民がいた。農業で使うトラクターやコンバインでも後方確認の視野が狭いのに、これだけの大型重機はどんなコックピットなのだと聞けば、AIによる人感知システムが搭載されていた。車両後方にいくつかカメラがついている。3メートル以内にヒトを検知すればアラートが発動してオペレーターに知らせる仕組みだ。

 道路を作るといってもいろんな工事がある。トンネル掘削、道路舗装、橋梁設置、そのための土地や土質の改良など。それを得意とする建設会社が各々の工事を受け持つ。今回見学した第1トンネルは佐藤工業と高橋工務店が掘削する。このトンネルに繋げるため、230メートルの橋が架かるが、それは別の工務店が受け持つ。全国各地からスペシャリストが工期の間だけ俵山に集結する。たとえが巧くないが、万国博覧会を見ているようだ。万博は永遠に続かない。終われば建造物はその土地のモニュメントとして残り、利用できる設備も多い。道路ができるというのは移動の快適さのほか、災害時のルート選択肢が増える。危険な箇所がないから安全に走行できる。俵山を通過する交通量が増えれば何かの化学反応に期待が膨らむ。

 このまま順調に掘り進めば貫通は3月。それまでのひと月余り、無事を祈るばかり。その後も俵山・豊田道路の工事は続く。この第1トンネルに携わる職人さんは、別の現場に向かうことになる。次の現場で俵山のことを僅かでも思い出してくれると嬉しい。里山ステーションの弁当のおかずの事でもいい。配達や集金に伺ったうちの職員の顔が浮かべばなおのこと。

posted by ゆうゆうグリーン俵山 at 12:27| 猿人ブログ

2024年01月22日

どんど焼き

 1月は正月気分もそこそこに、受験生はいくつかある関門を開けて通らねばなりません。受験といえばお守り、お参り。交通安全、新車、新築の祈願、祭りごとの縁起物など家庭には何かしらございます。正月飾りもそうです。神様を迎えるための飾り物を燃えるゴミ袋に入れて処分することに抵抗を感じない方もいますが、粗相があってはいけないから昔ながらの儀礼に従いたいと願います。

 20日土曜日、かねてより告知してきたどんど焼きを行いました。集まった住民は関係したスタッフを含めても30人に満たない。正直に申し上げると意外な結末です。10年くらい前まで湯町地区で行っていたとの話しを複数から聞き、今年は復活、再開のどんど焼きだから楽しみに待つ住民が集まると勝手に盛り上がっていたのです。俵山はどんど焼きの風習を忘れてしまったのかと疑いました。

 初詣参りの神社では、一角に縁起物を預ける場所を設けているところがあります。長門市は節分祭でどんど焼きをするところがいくつかあり、深川の飯山八幡宮や仙崎の八坂神社がそうのようです。俵山各自治区には古い小さな祠が残っていたり、木津の西念寺、郷の能満寺、正福寺、上政であれば須賀神社、湯町の熊野神社など厳かなスポットが点在します。筆者が知らないだけで、自治区単位の祭りに、どんど焼きの役目を含めているのかもしれません。

 年のはじめの書初めを燃やして天高く舞えば字が上達し、さらには賢くなるとの言い伝え。ですが最近の子どもたちに話を伺うと、「一心不乱に書いたものを燃やすなんてひどい話しだ」と返ってきますから、伝統行事だからと押し付けることはよくありませんね。復活させた今年のどんど焼き、お互いが所作、作法など右往左往です。気が付けば小雨がときおり落ちる空は鈍色で火から離れると肌寒い。あったかいものを来年は提供しようねと話しました。おしるこ、甘酒などがあれば集まった住民は喜ぶだろうな。


posted by ゆうゆうグリーン俵山 at 15:00| イベントのレポート

2024年01月19日

里山弁当のはなし

食べるところ

 ここに住んでいる方も遊びに来る方も、お昼をどうしよう、どこで買おうか食べようか、考えられる店はとても少ないのです。まっさきに向かうとしたらYショップ俵山(俵山4907-2)。俵山農協です。弁当は販売していませんがヤマザキパン、カップ麺、おむすびなどがあってコンビニ感覚で立ち寄ります。ただし日曜日は定休。
 次に考えるのが俵屋商店(俵山5076-1)。酒屋さんですけどパンやお菓子なども置いてあります。ほぼ無休です。俵屋さんから温泉街を歩いて1分ほどにある白猿の湯1階「湯久里倶楽部」は、野菜など産直品と長門の土産物を扱うお店。ここに当法人が作って配達する弁当を置かせてもらっています。ただ、数量は多くありません。
 俵山で食べるものが買えるお店はこれだけ。
 飲食店は昔に比べて増えました。馴染みのお客が集う店、温泉に入った方が立ち寄る店、いろいろ。そのすべては俵山温泉街の中にあります。温泉街を離れると食べ物屋さんはない。『帰れマンデー見っけ隊!!』のロケ班が長門を訪ねたら俵山を終着に選ぶでしょうね。

宅配事情

 食品スーパーの無い地域で便利なのが宅配サービスです。当法人も利用するコープやまぐちのおひさま号は、火曜日に俵山へ上がってきます。カタログを見て、マークシートで注文すれば翌火曜日に配達されるシステム。盛りだくさんの食品や雑貨のカタログを眺めるのは楽しい。食品の安全性にこだわりを持つグリーンコープの車も地区内を走ります。宅配ではないのですが、生協やスーパーフジの移動販売車も週に1日まわります。食品はカタログじゃなく見て確かめて買いたい人、販売員と会話を楽しみたいなど事情に合わせて買物先が選べます。
 これだけのサービスが提供されていれば、お昼ごはんに悩むことはないだろうという想像は現実とかけ離れたもの。目が悪く耳が遠くなる高齢者によっては、宅配、個配はクリアできないステージなのです。

里山弁当を作るひと

 里山ステーションは土日を除き毎日弁当を作ります。調理員は2名。弁当の数が50食を超えると職員が応援に入ったり、最初から調理員3名に変更しますが、基本は2名が8時半から11時までに40食前後を仕上げます。それと、俵山幼児園の給食用に、その日の献立からおかずメニューを配達用容器に盛り付けて、スープ類と一緒に準備します。
 調理員はすべて俵山在住の婦人でもっとも若い方は40代、上は80代まで20名ほどおりまして、中心世代は60代後半です。主婦で農業をされていたり、俵山の旅館業に関わる方など弁当のほかに仕事を持ちます。当職員が毎日の献立を月ごとで計画し調理員に渡し、食材は肉と魚を事前に手配します。肉は長門産の深川養鶏の鶏肉がメイン、魚は専門業者の骨抜き素材を使います。その他は2名の調理員のうち、リーダーの女性が野菜などを買い足したり、俵山産の品物を手配します。リーダーは元給食センターにお勤めの方や、大きな学生寮の寮母さんをされていたり、地区で食品加工を手がける女性など複数の人材が集まっています。
 リーダーは調理の段取り、味付け、盛り付けまで指示します。弁当作りにおいては、2名の関係性が相当に大事。当職員は献立を考えるとともに、調理員の人事手配を進めるうえでチームの相性に最も気を配ります。
 調理員とリーダーは毎日変わります。同じリーダーが2日続けて勤務することは緊急を除いてありません。日替わり弁当の献立も月30日で被るものはなく、リーダーも変わることから、同じ弁当を作ることがまず無いと考えられます。メインメニューが「豚肉の生姜焼き」でもたれの味付けがリーダーにより異なるためです。大量生産のチェーン店ではありませんので、これこそが里山弁当の差別化ポイント。それぞれの家庭の味付けがあらわれる。毎日、違うシェフの料理が味わえる。作り手が60代だから辛くなく、薄味になるけど旨味がある。脂っぽい料理がない。「ヤンニョムチキン」の日でも幼児園の子どもたちが食べられるほどの甘辛さにまとまります。

弁当の配達

 ひとりの利用者を除いて、すべて配達します。里山に見える男性は当職員をよく知るダンディーな方で、受け渡しのちょっとした立話しが楽しめます。そのほかは配達車が地区を回るのですが、みなさま、俵山の地形をご存じないでしょう。人口900名ほどの山郷はこじんまりとまとまっておりません。
 里山ステーションのおかれた大羽山交差点を支点に、放射状に道が分かれていると言えます。方言なのかどうなのか、わたしらは「浴(エキ)」と呼びます。浴に沿って市道は伸び俵山10地区が形成され、それぞれを繋ぐ環状線はない。あっても凹凸のある林道だから配達車が最低2台必要。1台ですべて回ろうとすると60分では収まらない。作りたての弁当が冷めてしまいますので2台で配達します。
 配達料金は取りません。里山弁当を始めたきっかけは10年ほど前の事。湯本で長門市食の自立支援を行っていた団体が俵山の居宅に弁当を届けていたのですが、降雪や大雨による道路通行止めがその当時はありました。そこで、話しがこちらに来たのです。里山ステーションで自立食の弁当を作り配達を始めました。その頃は毎日5食から多い年で10食くらいと聞きます。
 しばらく続けていると、長門市から自立食支援に認定された住民ではなく、一般の方や近所の職場の人から「うちも、うちも」の声が届くようになって令和6年に至り、俵山豊田道路の工事があちこちで始まってからは、現場事務所の配達もあります。

独居の現状

 ひとり分の食事を用意することがどれだけ煩わしいことか。近頃の配達先を眺めて、独居の高齢者に限らないことが分かります。買物をしても余る、食品ロスは昭和初期に生活された方にとって恥ずべき習慣といわれます。それは食品だけではなく調味料についても同じ。フレイルを予防しようと考える人たちは「お外に出かけましょう」「簡単なものでも作りましょう」と啓蒙されます。コタツに入ってテレビを見続けていれば、そのうちウトウトし気が付けば窓の外は薄暮。
 食事を作る訪問ヘルパーさんの話を聞くと、だいたい冷蔵庫の中身は同じ食材。好みの料理に偏ってしまう。普段食べない料理をリクエストすることはないから、言うまでもなくふたつ、みっつのメニューが繰り返し給仕されます。
 里山の弁当を食べた方から「おいしかった」と声を頂くこともあれば、「〇〇が食べられないから明日は入らないわ」もあります。献立表を顧客にも配っているので、苦手な食材は注文を頂きません。その傍ら、大好物のメニューの日は他の人にお勧めしてくださるケースがでてきます。「これ美味しいから知人に配る」らしくまとまった注文が集まります。毎日いろいろあって、気苦労はあります。それでも、ここまで続けて来られたのは地域みんなの理解の賜物です。
里山ステーションの配達弁当.png



posted by ゆうゆうグリーン俵山 at 18:00| 配食サービス